カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の49歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

ローレライ

ほとんど無いと思うが、一応ネタバレ御免ってことで

邦画の大作ということで一般作に位置付けられているこの映画だが、はっきり言ってしまうとこれは「特撮モノ」にジャンル分けするのが正しいと思う。監督は「ガメラ」の特技監督だった樋口真嗣。作品のアイディア、演出、メカニックのディテールなどに往年のアニメや特撮作品の影響が多々見受けられるが、スタッフロールに特撮畑、アニメ畑の名前が散見されることからもそれをうかがい知ることができる(富野由悠季氏が出演していたのには笑った)

一言で感想を言ってしまうとわしは結構楽しめた。例によって原作等の予備知識ほぼゼロの状態だったのだが、少女を媒介とする「ローレライ」の設定も不可解な米軍との取り引きもすんなり受け入れることが出来た。これは物語のわかりやすさもさることながら、ある意味奇想天外なアニメ・特撮的設定を世代的に受け入れやすいせいもあるだろう

しかしそれは見方を変えるとオリジナリティーの欠如とも言えるかもしれない。事実、わしは鑑賞中、いかなる設定、場面にも既視感を覚えずにはいられなかった。絶望的な状況下で、単独で敵陣深く切り込んでいくさま、乗組員のキャラクターは「宇宙戦艦ヤマト」、時刻と場所を字幕で表示する演出は岡本喜八作品、物語のカギを握る少女パウラは「エヴァンゲリオン」等々、挙げればまだまだこのテの「おいしいトコ取り」は出てくるに違いない。そういえば敵の攻撃を目前に死を賭して故障の修復に向かう場面も「K-19」や「ザ・コア」にほぼそっくりそのまんまのシーンがある

こうした古今東西のパロディー的要素を絡めつつ新規の娯楽作品に仕立て上げていく手法は、幼少期からアニメ・特撮などの映像作品にどっぷり浸かって育った30代から40代の作家によく見られる。これを「アイディアの枯渇」と言うつもりは毛頭ないが、何か一つでも斬新な要素を見たかった気もする

キャストに目を向けると掌砲長役のピエール瀧の好演が一際目立つ。イメージにピタリのいかつい外見もさることながら、固い軍隊口調が感情の高まりとともに崩れ絶叫に至るまで実に自然に演じ分けている。対照的にいただけなかったのは石黒賢。テレビではあまり気にならない芝居臭さが劇場の大画面では非常に鼻につく。表現がどうにも記号的で薄っぺらい印象を受けた。妻夫木聡はよく言えば無難、悪く言えば存在感が薄い、というところか

友人のcanno君は「痛さを感じる際どい表現があってもよかったのでは?」という趣旨の感想を述べていたが、おそらく意図的にそうした描写は省いたのではないかとわしは思う。結局のところ戦争(しかも実際にあった戦争)を描いた作品なので、あまり人の死や負傷をダイレクトに描きすぎてしまうと時間が進むにつれて重さが増し、エンターテインメント性から遠ざかってしまう。ただの反戦映画と捉えられかねない危険性も生じる。その辺を避け、あくまで娯楽作としてのバランスを保つための演出上の一種の選択だったのではないかと思うのだがどうだろう?

細かいツッコミどころを挙げれば正直キリがないだろう。あんな殺風景で安普請な軍令部なんてあるか!とか、潜水艦のデザインがジャーマンっぽくない!とか、CGが合成っぽすぎる!とか、パウラはあんなに日本語が流暢ならなんで最初はドイツ語だったんだ!とか、そもそもなんで最初はあんなに非協力的だったんだ!とか、日本軍人はあんなにバカばっかじゃないやい!とかetc.etc......

それでも純粋に特撮作品だと思って観ればそれなりに楽しめる作品だと思う。少なくとも2時間ちょっとの間、まったく飽きずに一気に観ることができる。その一点だけでもエンターテインメントとしては十分に合格。洋画大作だというだけで客が入る凡百のくだらないハリウッド映画を基準にすれば、平均点以上の点を与えられる作品だと思う