カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の47歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

天皇に戦争責任なんてありゃしまへん

30日共同配信記事より

麻生太郎外相が、靖国神社参拝問題に絡み「天皇陛下の参拝が一番」と発言したことで中国側や野党が反発、安倍晋三官房長官ら政府側は三十日、新たな論争に発展しかねないと早速火消しに回った。

麻生外相の発言についてもいろいろ問題はあるのだが面倒なので割愛する。要は「英霊天皇陛下万歳と言って死んだんだから、天皇陛下が参拝してくれるとい〜な〜」って話。個人的には「だからどうした!」という程度の話なのだが、問題はこれに関する共同通信の見解

ただ天皇参拝論は、①A級戦犯を合祀した神社への参拝により天皇の戦争責任論を蒸し返しかねない
(中略)
などの多くの問題に拡大しかねない。

・・・意味がわからない。これを書いたヤツは立憲君主制というものをカケラも理解していない(理解できない)のだろう

立憲君主制の下では王(日本の場合天皇陛下)は政府の決定をただ承認するのみであって、決定を翻したり、勝手に政治的な決定を下すことはできない。それはリヴァイアサンの横暴を抑制する為、神(日本の場合皇祖神がこれにあたる)の名の下に交わされた「契約」であった憲法と、その監視機関たる議会の成立過程を知っていれば自ずとわかる話だ。真に憲法立憲君主制というものを理解していれば「憲法の定める主権者が天皇だったのだから、戦争の責任も主権者たる天皇にある」などという暴論は生まれ得ない。日本国憲法は「象徴天皇制」を定めたとする論があるが、天皇は今も昔も「権威の象徴」であることに何ら変わりはない

したがって政治責任の無い天皇に戦争責任などあるはずがない。そもそも当時の政府にすら「敗戦」の責任はあっても「戦争」の責任など問えるはずもない。それを問うというのなら戦争の当事者にはすべて「責任」を問わねばならない、という途方もない話にしかならない。それ自体時間の無駄としか言いようの無い不毛な論理だ

もういい加減「A級戦犯」という幻の概念は捨て去るべきだ。それを言うのは中韓のみだ。無視するのが最善策だとなぜわからぬ?

わしは天皇陛下靖国神社ご親拝を希望する。だが、そこに政治的意図はない。父祖の盾となられた英霊に礼を尽くしていただきたい。ただそう願う故のことだ