カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の49歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国

息子を両親に預けて久方ぶりの映画館へ。一応「インディ・ジョーンズ」の新作ということでそれなりの期待を持って観たのだが、結論から言ってしまうと期待したほどの出来ではない

最近のハリウッド映画はアメコミの映像化、外国映画の脚本買取、そしてかつての大ヒット作の復活、とある意味ネタ枯れの自己表明ともとれる体をなしているのだが、今作にはそうした流れに逆らうことなく素直に乗っちゃった、というある意味「開き直り」がアリアリ

以下ネタばれアリ
もともと「インディ」はオカルト色満載の冒険物なのだが、今回は更にオカルト色が濃くなり、SF方向へとシフト。ロズウェル事件とナスカ、エル・ドラド伝説を結びつけるという雑誌「ムー」的むちゃくちゃな展開にしてしまった。そうした数々の「既知の」謎による積み木作業に傾倒するあまり、肝心の冒険の動機の部分が弱い。目的が後づけなのですんなり物語に入っていくことができなかったのだが、最終的には豪快なオチですべてをうやむやにしてしまったw

観ていてわしが強く感じたのは「あまりにも前作から時間が空きすぎてしまった」こと。「インディ」がお休みの間、ハリウッドは数多の類似作品を生み出してきた。その代表が「ハムナプトラ」シリーズ*1なのだが、こちらはかつての「インディ」以上にベタベタのオカルト路線。だから元祖のはずの「インディ」が何をやっても「ハムナプトラ」の二番煎じのようになってしまう。演出に「やりすぎ」感が強く感じられるのは、そうした「既出」作品への対抗心が働いたせいではなかろうか

ケイト・ブランシェット演じる悪役の動機は「あらゆる知識を得たい」という非常に純粋なもので、自分の学問的好奇心のために墓暴きも辞さないインディの方がむしろ不純に見えてしまうのはいただけない。ナチスに代わる「わかりやすい悪役」像として旧ソ連を選んだのは理解できるし、超能力兵器の開発という「悪の」大目的は存在するが、あれでは悪役としての役割を果たしきれない。そもそもその超能力兵器なるものがいかなるものなのかまったく説明されず、恐ろしさがまったく伝わってこない。「世界を支配する力」とか「巨万の富」といったわかりやすさを目的に据えた方が冒険ものの悪役としては正しいと思うがどうか

旧作との連続性を意識した部分は楽しかった(無論ファン限定のものだが)。「レイダース」に登場したマリオンとその息子の登場、写真だけの父(ショーン・コネリー)、細かいところではマーカス・ブロディ学部長が死んで(実際の俳優さんもエイズで亡くなったとか)銅像になってたり、米軍の倉庫内で壊れた箱の中からほんの一瞬だけあの「アーク(聖柩)」が見えたり、探せばたぶんまだまだあるのだろう。それらは確かに楽しく、マニア的好奇心を刺激はするが、決して物語を補強する存在にはなり得ていないのが致命的だ

エンターテインメントとして合格点は付けられる。何も考えずに見れば総じて楽しんで見ていられる作品ではあると思うが、物語として見てしまうと極めて凡庸、SFとして見ればいささか古い作品と言わざるを得ない

*1:「トゥーム・レイダー」や「ナショナル・トレジャー」も似たようなもんでしょ