カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の45歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

【地獄の】弘前・白神アップルマラソン レース【後半戦】

コースは弘前市内から白神山地の玄関口、西目屋村に入るとすぐに折り返し点に到達

折り返しにかかると係員の人が「段差あるから気をつけて」と言っていて、「なんでこんなアスファルトに段差が」と思ったのだが、本当に折り返しのカーブのあたりでアスファルトが波を打つようにうねっていて笑う。思わず「わ!ホントに段差ある!」と声に出すと、沿道からドッと笑いが起きた。ウケたから良し!

折り返すと次から次へとやってくるランナーの人たち。序盤同じあたりを走ってた人やついさっき追い抜いた人、仮装している人、地元同士なのかすれ違いざまにハイタッチしている人。見ているだけで楽しい

「20kmからはスピードのリミッターを解除して、25-30kmで最速ラップを刻む」という岩本式レース戦略に則ってここからはスピードアップ。とは言えレースはまだまだこれからなので、20kmまでのキロ5分ペースより心持ちあげる程度で25kmまで進む

21km 4分50秒
22km 4分46秒
23km 4分45秒
24km 4分53秒
25km 4分45秒 (20-25km計23分59秒、0-25km計2時間6分15秒)

話は前後するが、24km付近で往路を行く会社のO先輩を発見

大声で呼びかけ、手を差し出してハイタッチをした直後、右脹脛に軽い違和感を覚えた。一瞬イヤな感覚はあったものの、このときはちょっと横を向いたせいだろうと思い、あまり気にしなかったのだが、今思えばこれがその後のヘルロードの前兆だった

25kmを通過して、いよいよ設定ペース表の最速区間に突入。空はすっかり翳って小粒の雨が降り出してきたが、身体の調子は悪くない。スピードを少しあげても息はそれほど苦しくないし、足も軽い感じ

もうこのまま行ってしまえ!と岩木川沿いの道をぐいぐいと走っていたら、突然右脹脛が痙攣を起こし、そのまま硬直してしまった。あまりの痛みに思わず呻き声を上げながら最初のストップ。しかしここで長時間停まっていると本当に動けなくなりそうだったので、すぐに踵を地面に押し付けるようにして脹脛を伸ばしながら早歩きし、数歩進んだところで半ば攣った状態のままランニングを再開した

その後も膝から下を伸ばすたびに右脹脛が別の生き物のようにピクピク動き出し、時折強烈な痛みとともに硬直してスピードダウン。それでも完全に停まることはせず、歩幅を縮めながらも前へ進む。さっきまでは次の1kmへの到達があんなに早く感じられたのに、26kmを過ぎてからいつまで経っても27kmの看板が現れてくれない

右脹脛の硬直の感覚が徐々に短くなり、あまりの痛みにリタイアが頭をかすめる。ここでスタート前、カミさんと息子に「午後1時(4時間)までには帰る」と伝えてあったことを思い出し、ゴールの遅れを伝えるためにカミさんに電話をかけた。が、出ない(-"-)。苦しい中、状況の変化を伝えようと必死で電話をしたのに!と憤りながら走っていると、カミさんから折り返しが

カミさん「どうしたのー?」
アタクシ「足が攣ってヤバイ感じ」
カミさん「棄権するの?」
アタクシ「いやわかんないけど、そうじゃなくて」
カミさん「んじゃ待ってるから」
ツー、ツー、ツー、、、

ただ遅れるかもしれないと伝えるつもりだったのに、カミさんがいきなり「棄権」という言葉を持ち出したことに無性に腹が立ってきたアタクシは、これで
ぜってーリタイアしねえ!!(#゚Д゚)ゴルァ!!
と心に誓ったw

痛みを堪えて、脂汗をかきながら走っていると、途中のエイド(何キロのだか忘れました)に冷却スプレーがあるのを発見。藁にもすがる思いで駆け寄り「貸してください!」と叫んで右脹脛に思い切り吹きかけたところ、痙攣が止まってくれた。しめた!と思ってダッシュで走り出したものの、数百メートルも行くとまた脹脛が蠢き始める。これでもう、これはどうにもならなそう、と悟る。とにかく痛みに耐えながらでもゴールに向かって進み続けるしかない

痙攣の痛みが軽くなったり、急激に強く痛んだりを繰り返しながら走るうちに、どういうわけかだんだんその痛みに慣れてきて、痙攣しながらでもそれなりのペースで走れるようになってきた。実際、体感ではキロ6分以上まで落ちたんじゃないかと思っていた区間でも、キロ5分を少し上回る程度でカバーできている。これならイケるかも?と少し気を取り直して走り続けていたら、いつの間にか30kmを通過していた

30kmを過ぎ、痛みに慣れてきたとは言え、時折強く硬直するたびに大きくペースダウン、というパターンは変わらず。それでもなんとか誤魔化しながら走り続けていたが、32kmを過ぎた付近でついに恐れていた左足の痙攣が始まってしまった。こちらも最初は少しピクッとする程度だったのだが、右脹脛に強烈な痙攣が起きたのを押さえ込もうと右踵を思いっきり地面に踏みつけた瞬間、バンッ!と左足の脹脛とハムが一気に攣ってしまった

うがっ!!と声を上げて一瞬うずくまりそうになったが、ここで停まると完全に硬直してしまいそうな気がしたので、全身を震わせながら上半身を起こし、歩いてでも前へ進むことだけを考えた

身体をなんとか動かしていると、両足の痙攣が少し軽くなったのでまた走り出す。しばらく走ると感電でもしたかのように突然どこかが痙攣する

走っている時に追い抜いた人たちが、痙攣に悶える自分の横を息を喘がせながら抜き返していく。その姿を見て、負けるもんかとまた走り出す。35kmくらいまでその繰り返しが続いた

そんな中、道中のほとんどのエイドに冷却スプレーが置いてあったことには本当に救われた。そのおかげで各駅停車で脹脛を冷やし、痛みを軽くすることができた。エイドやコース整理の係りの方の応援にも助けられた。雨の降る寒い中なのに「がんばれ」「もう少し」と声をかけてくれる人たちを見ると、走らせてもらっている自分がここでやめるわけにはいかない、という気にさせられた。後半は私設エイドも多く、その人たちの姿も写真におさめて、ブログで感謝の意を伝えたいと思っていたのだが、どういうわけかiPhoneが使えなくなっていて写真を撮ることができなかったのが残念でならない

35kmに達する頃には左ハムストリングスの痙攣は収まってきた。が、両脹脛はもう誤魔化しながら走り続けるしかなさそうな状態。そこでなるべく脹脛を使わないようにつま先を上げることを意識し、足裏全体で地面を踏みしめて走ると痙攣が幾分か軽くなることがわかってきた

少し光明が見えたところで前を見ると、数メートル先にいる若い美ジョガーがとてもテンポよくピッチを刻んでいる。そのテンポが今の自分にピッタリ合うような感じがしたので、同じテンポで走りながらガーミンをチェックしてみたところ、どうやらちょうどキロ5分10秒くらいのイーブンペースで走っているらしいことに気づいた

その確かな足取りを見て「彼女はゴールタイム3時間40分を目標に走っている!」と確信。だとすれば自分の目標タイムとも合致するので、これ幸いとばかりにペーサー代わりにさせてもらうことにした

コースは最終盤。道幅が広くなり、前方視界が開けたことで、遠くまでたくさんのランナーが見通せるようになったが、アタクシの目標はあくまでもペーサーの美ジョガーさん。エイドに立ち寄って一瞬見失っても、彼女の履いているCW-Xのスタビライクスモデルのタイツを目印にすれば、すぐに見つけられるw

脚は既に限界を超えていたが、ストーカーのように彼女を追いかけ続けるうち、ついに40kmへ到達。ここで再起動したiPhoneにカミさんから着信。「今40km!」と伝えると、ごく軽ーい調子で「ゴールのところで待ってる。がんばれ」との答え。後で聞いたら、リタイアして収容車で帰ってくるのかと思っていたら帰ってこないので電話したらしい(-。-;

41km付近の登り坂で痙攣がまた幾分強くなったが、これまでも、その後も強弱はあれどひっきりなしに痙攣は続いていたので今更そんなことに構ってはいられない。痛みが強くなるたびに「うがあっ!」とか「ぬおお!」とか唸り声をあげながら走っていたので、沿道の方を結構びっくりさせてしまったかもしれない。その節はすみませんでしたm(_ _)m

坂を登りきったあたりで、ここまでの数キロを引っ張ってくれた美ジョガーさんが少しペースダウンしたのでそのままパス。ナイスラン!ありがとう!と心の中でお礼を言いつつゴールへ向かう。沿道から「あとちょっと」の声がかかり前を見るとゴールゲートへ向かう曲がり角。ここでようやく安心してバンザイ。ゴールの向こうにいるカミさんと息子に目をやり、もう一度バンザイしてゴールゲートをくぐった

走る前は、フルマラソンを走り切ったらもしかして泣くかもしれない、などと思っていたのだが、16kmにも及ぶ痙攣との闘いの果てのゴールにそんな感傷的なものはまったくなく、そこにいたのはただただ肉体的にも精神的にもボロボロの抜け殻のような自分。今なら「自分で自分を褒めてやりたい」(c)有森裕子くらい言えるが、その場では「やっと終わった」くらいの感想しか出てこなかった

ペーサーの美ジョガーさんの後ろについてからは、美ジョガーさんと自分だけを信じてタイムを気にするのをやめていたので、感覚的に3時間40分は切れただろうとは思ったもののゴールした時点ではタイムはわからず。係の高校生くらいの女の子から受け取ったリンゴとアミノバリューをカミさんに預けて、すぐに記録証を受け取りに行った

記録=3時間38分42秒(フル男子40~59歳159位/808人中、男子総合300位/1570人中)
26km以降のラップは以下のとおり

26km 4分37秒 ←右脹脛が逝った
27km 5分04秒
28km 5分08秒
29km 5分14秒
30km 5分05秒 (25-30km計25分08秒、0-30km計2時間31分24秒)

31km 5分11秒
32km 5分07秒
33km 6分07秒 ←左脹脛(&ハム)も逝った
34km 6分24秒
35km 5分28秒 (30-35km計28分17秒、0-35km計2時間59分41秒)

36km 5分28秒
37km 5分04秒
38km 5分19秒
39km 5分13秒
40km 5分19秒 (35-40km計26分23秒、0-40km計3時間26分04秒)

41km 5分21秒
42km 5分17秒 ※ガーミンFA220Jによる計測なので誤差あり

記録証を受け取った後、参加賞のタオルを貰いに行ったが、その途中で両足が猛烈に攣って数分間立ち尽くしたまま悶絶。その後手荷物を受け取りに行く際に段差を上ったところでも両足が痙攣。寒さに耐えかねて抽選会をスルーしてタクシーで駐車場まで戻ろうとしたが、タクシーに乗り込もうと身体を屈めたところでまた痙攣。筋肉が硬直して一歩も動けなくなる状態が何度も続き、よくもまあこんなので完走できたもんだと半ば呆れながら家路についた

カミさんに運転を任せた帰りの車の中でもたびたび痙攣は続いたが、ようやく息を吹き返したのは途中で寄った日帰り温泉でこれを食べたあたり

なんか前日もカツを食べたような気がするけど、細かいことを気にしてはいけない。要するに何が言いたいのかと言うと「カツ最強」ってことw

まだまだ書き足りないことはあるけど、とりあえずレースレポは一旦これで終了です
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