カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の45歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

マラソンは本当に自分との戦いなのか?

今朝は5時過ぎ起き。重〜い脚を引きずるようにして昨日一昨日も走った蝶ヶ森山の農道を登って下ってきた

まだ序盤の上りの途中で早くも息が切れる。歩きたい、止まりたい、帰りたいのネガティブ三重奏が脳内を駆け巡る。脚の重さに加えて腰の右側がなんとなく痛いような気がするが、こういうネガティブ思考状態のときの痛みは大抵脳が起こした錯覚なので「これは気のせい。気のせい」と呪文のように唱えながら脚を前へ進める

とにかくまあ脚が重くて走り続けるのがツラくて仕方なくて、登り切ったあたりで思わず少しだけ歩いてしまった。が、たぶん100kmマラソンの後半のツラさはこんなもんじゃ済まないんだろうな〜とか思うと、こんなところでヘタレるわけにもいかず、深呼吸して再スタートを切り、なんとかかんとか11km走り通してきた

結果的に見れば、途中の歩きは所謂ウォークブレイクの役割を果たしたのかもしれない。思いっきりポジティブに考えると、だけど

昼休みにインドカレー屋でカレーを食べながらラン記録を見返してみたら、今月の走行距離は既に230kmに達していた。一体どこのアスリート様だよ!と自分で自分にツッコミたくなるレベル。逆に見れば(逆?)、こんだけ走ってまだサブ3.5すら達成してないのか、と悲しくもなる。まあ誰かと競ってるわけじゃないから別にいいんだけど

ん?

「誰かと競ってるわけじゃない」とか「マラソンは自分との戦い」とかよく聞くけど、それって本当じゃろか?タイムの目標を掲げながらマラソンを走っているのに競う相手がいないって、そんなこたないよね?レースに出場して、誰に負けても関係ない?抜いても抜かれてもどうでもいい?いやいやいや、それはないでしょ

そうアタクシ、ウソをついておりました

タイムを志向する以上、レースに出る以上、やっぱり誰かと競ってる。つーか競おうとしてる。相手は走力の近い知り合いだったり友達だったり、あるいは面識はないけど同じような走歴のブロガーさんだったり、場合によっては自分より遥かに走力のある「目標とする人」だったり

アタクシの場合の競争相手は不特定多数の同年代のマラソンランナー。その中で上位1割くらいに行きたい、と思ってる。我ながらざっくりした目標だが、たぶんサブ3.5はその目標に近いところにあるんじゃないかな。そしてそこに100kmマラソン完走者の称号をプラスできれば、いっぱしのランナーを気取れるんじゃないかと

生まれてこのかた40数年鈍足の運動オンチで通してきた自分が突然そんなところへ行けたら、これは痛快だよなー。他人から見たらすごいくだらないことが、案外アタクシのこの気狂いじみたwモチベーションにつながってる気がする

まあ、あと単に太りたくないってのもあるけど(-。-;

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