カメラと映画と日本が好き

平成27年6月にはてなダイアリーから引っ越し。岩手県在住の49歳会社員。某マスコミに近いところ勤務。家族:相方&息子 祖国の未来を憂い、特定アジアと国内の反日分子を叩くことに燃えつつ、のほほんと写真を撮ったり映画を観たりするのを趣味とする男の日々。平成26年に突如としてランニングをはじめ、現在ドハマり中

期待されない日本に満足か?

7日の岩手日報夕刊声欄より、63歳男性の投稿

憲法改正で国民的議論を」(5月24日同紙)について私見を述べたいと思います。「最悪の場合に備えた防衛の基礎基盤を確立する」ために、憲法改正を支持するとのご趣旨でした。
 九条は、第一項で戦争放棄をうたい、第二項では陸海空軍等の戦力と国の交戦権をきっぱりと否定しております。
 しかし、現実には一九五〇年連合軍最高司令官マッカーサーの指令により警察予備隊が創設され、今日では世界第二位の軍事費と近代兵器を装備する自衛隊に成長しました。
 この自衛隊が合憲か違憲かについてはさまざまな意見がありますが、内閣法制局の見解は、国の自衛権を保障する最低限度の実力組織は合憲だが「海外での武力行使」や同盟国に対する攻撃も自国への攻撃とみなして参戦する「集団的自衛権」は違憲と述べています。
 これは九条二項の解釈によるものであり「専守防衛」の根拠もここにあります。
 九条二項の改定はこの歯止めをはずし、アメリカと一体になって海外で戦争できる国に道を開くことになると思うのです。
 「侵略は許さないが、海外では武力は使わない」。この一点ではほとんどの皆さんが一致できるのではないでしょうか。

多少現実にも目を向けつつ「でもやっぱり憲法九条は守りましょう」という無自覚的護憲論者の代表みたいなご意見。一見正論にも見えるこの意見なのだが、わしが問題視するのはここ

「海外での武力行使」や同盟国に対する攻撃も自国への攻撃とみなして参戦する「集団的自衛権」は違憲

つまるところ、憲法に違反するから同盟国が攻撃されても無視しなければならない、と言っているわけで、この無責任的感覚こそが問題だろう

自衛隊はこの人も認めているように非常に大きな力を有している。力を持ちながらそれを行使せず、経済的繁栄だけを貪り、他国の血を自国の平和への対価として利用しつづけてきたことが、「エコノミック・アニマル」と揶揄される日本の現状を作りだしたのではなかったか?

現在の日本がアメリカだけを見据えて、集団的自衛権行使への道筋を付けようとしている、との批判は理解できる。しかしながら現行憲法下でも自発的行動を制限された自衛隊の現状を鑑みると、結局アメリカの影響下でのみ行動せざるを得ないことになろう。そうであればアメリカと一定の距離をおくためにも憲法自衛隊を「国軍」と明記し、誇りある地位を与え、指揮体系を整えて、自律を可能にすることが必要となるのではないのか?

内に篭って平和念仏を唱えるばかりでは決して国際社会で尊敬を集めることはなかろう。力は持っているが、行使するのは自国の防衛だけ。友好国が恫喝を受けても知らんぷり。こんな日本で本当に良いのか?と問いたい